ILLUMI▲NATION

日々の雑記

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必然性や運命に囚われる人間や物語が好きだ。

かっこいいこと言いたいわけじゃないけど好きなものを集めて机を埋め尽くすのが好きなんです。

今はiPadとかiMacとかおいてるけど昔はぬいぐるみとか好きな参考書とか並べてたなあ。

ぬいぐるみも何種類も置くんじゃなくて同じキャラクターのやつを大量に置いてた。

自分の記憶に残っている風景は大体そのキャラクターとある。

なんでなんのキャラか言わないのかというと覚えていないからだ。

スティッチが持ってるやつ。なんだっけ...。

 

検索したら出てきた。

 

タイトルの話だが必然性や運命は何にでもあって自分の文脈との接続率の話だと思う。

それの高い低いの話である。

必然性が高い物語とはなにか。誕生日や記念日を作ることともそれは関係している。

結局勘違いや幻想なのだがそれらによって人間は動かされる。

女子力とか中二病とかともくだらない幻想だが学校や職場でのヒエラルキーにも関係してくる重要なことだ。

一言で言うと非の打ち所のない映画、音楽、ドラマやアニメのことなんだけど。

そういうものでしか人は感動しないと思う。

女子力や中二病とは演技のことである。

異性の前、同性の前で見せるそれまでの現実離れした魅力。またはその逆。

そういうもの以外ぼくはあんまり興味が持てない。

なんとなく生きてる自然なものも結局自分を演じているに過ぎない。

中二病とは演出過多の失敗である。

必然性や運命性が高いものはスタイリッシュであることが多い。

デザインも音楽もモーショングラフィックも。

そういうものが作りたいしそういうものがもっと見たい。

無駄を削ぎ落としたものが見たい。

無駄を削ぎ落としたものになりたい。

でもそうなるには機械になるのが手っ取り早い。

機械は人間の進化系なのかもね。

機械>人間。

今は人間が必然性や運命性を作り出しているが機械だけでそれが可能になった時人間って必要なんだろうか。

感情も感傷も全て脳の信号でしかない。

ぼくらの見ている現実も全て光を反射して出来たまやかしにすぎない。

情報でしかない。

情報化社会とは人間の機械化であり人間の非人間化である。

必然性や運命性を誰もが叶えられるようになった時人類の進歩は終わるのだろう。

満足したのでこの文章も終わる。今日はなんか疲れた。

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